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古今東西、世界の軍師・参謀・戦略家と呼ばれる人々の名言を紹介しています。

第2回 孫武と孫氏の兵法(そんぶとそんしのへいほう)[ 1 of 2 ]


世界最古の兵法書

今回は、多くの人が一度は耳にしたことがある「敵を知り己を知らば百戦危うからず」でおなじみの孫子の兵法』を取り上げます。よく混同されるのですが、『孫子の兵法』とは書物の名前であり、著者は孫武(そんぶ 紀元前535年?~没年不明)という人物で、中国古代・春秋時代の軍略家、すなわち軍師です。 この孫武という人も古代によくありがちな実在がはっきりしていない人物です。

しかし、そんなことはささいなことです。この『孫子の兵法』は古代から現代まで世界中で軍略の教科書として、戦略を学ぶ人の入門書として長く重宝されてきました。これほど長い歴史をもった兵法書は『孫子の兵法』以外には見当たりません。それほど戦略の手引書として敬愛されてきたのです。


孫子の兵法関連の書籍の写真
孫子の兵法関連の書籍は多数発売されている


それは、世界中の政治家・リーダー・経営者たちが日々何らかの競争や戦いに巻き込まれ、それらの状況の中で「なんとか勝ち残ろう」「なんとか生き残ろう」ともがき苦しんだとき、このテキストから学ぶことがあったからでしょう。今の時代なら、自分の身に困ったことが起こった時、ネットで調べたり、SNSで誰かとつながって相談もできますが、はるか昔においてはまさに孫子の兵法』が情報戦略の要だったのかもしれません。



軍師とは

本題に入る前に、改めて「軍師とはなにか?」ということについて説明したいと思います。多くの人は「軍師」というと、戦争のための参謀役のイメージがあるでしょう。総司令官の傍らに居て、作戦のアドバイスをしているというイメージです。あながちはずれではありませんが、すべては表していません。

世の中には、経営者・政治家・総司令官・工場長・船長・学長・病院長など組織を束ねるトップリーダーがいたるところに存在します。これら組織の責任者はその組織が継続的に発展するよう努める責任があります。このときその組織をどのようなビジョンでどのような方向に、どのような方法で導くのが最適なのか、常に考え、判断し、決断する必要に迫られます。


ゲームにもなっている孫子の兵法
ゲームにもなっている孫子の兵法


この「どのようなビジョンでどのような方向に、どのような方法で導くのが最適なのか」という点がまさに“戦略”にあたります。この戦略は先に述べたように、もともとは軍事色の強いものでしたが、次第に現代社会のあらゆる競争やソリューションにも応用できることが以前からわかっていました。そこで、戦略家、すなわちかつてでいう軍師を活用するトップリーダーが出てきました。例えばアメリカ大統領の首席補佐官などは典型的な戦略家であり、過去の歴史でいえば軍師に相当します。

日本の戦国時代の軍師でも軍略ばかりでなく、内政や経済政策に大きな影響を与えた人もいました。このように軍師とは歴史的に過去においては軍略家であり、軍事のエキスパートでしたが、時代が新しくなるにつれ、戦争から経営・経済・ビジネス・国家運営・組織運営など幅広い戦略を組み立て操る人に変貌し、それが今の時代で言う「コンサルタント」ともいえます。つまり優秀なコンサルタントは優秀な軍師とも言えるでしょう。




死刑よりもコンプライアンス

話をもとに戻しましょう。『孫子の兵法』の著者孫武が歴史上実在した人物かどうかはっきりしていないということは先ほど述べました。それでも彼が兵法家として人気があるのは、こんなエピソードがあるか らです。

あるとき呉の王に招かれて、兵法による指揮を見せてもらいたいと請われることがありました。そこで孫武はデモンストレーションを見せるために、後宮の女官を多数王から借り受けて、王の前でこれらの女官を指揮してご覧にいれますと言いました。多数の女官の中から2名を指揮官に指名して、デモンストレーションがはじまりました。孫武はいたってまじめに軍太鼓を鳴らして指揮を執りますが、女官たちは何かの冗談かのごとくヘラヘラ笑ってまったく孫武の命令に従いません。それでも孫武は何度も大声で指揮を執ります。そして「軍命に従わないときは司令官の責任だ」と幾度となく厳重注意します。

それでも女官たちは軍令に従わずヘラヘラ笑っています。そこで、孫武は「軍命に背くのは重罪であり、指揮官に責任がある」と言って、最初に指名した指揮官2名の女性を手打ちにしようとします。さすがに王が止めに入り、「それらの女性を殺されたら食事ものどを通らなくなるから今回は勘弁してくれ」と言いました。しかし孫武は「ひとたび軍命を受けたからには、たとえ王の命令といえども従えない時もあります。それぐらい軍命は絶対的でないと戦争には勝てません」と言い、なんと2人の女官をその場で殺してしまいます。

さすがにその場が震撼し、続くデモンストレーションでは一糸乱れぬ軍行が行われました。このエピソードはあまりにも有名で、話の内容もさることながら、軍命すなわち現代に置き換えればまさにコンプライアンスであり、規則やルールを死にもまして遵守することを表している点です。そして、それを平民よりも一国の王自らが率先して守らなければならないということを強力に示したことにこそ、孫武が敬愛される理由があります。

トップこそルールを厳格に守って模範を示さなければ、国家などすぐに揺らいでしまうということを示したのでしょう。紀元前500年にすでにこんなことを国王に向かって述べていた孫武、そりゃもう軍師としての冥利(みょうり)に尽きます。日本の政治家たちにもぜひ言い聞かせてもらいたいものです。

この時代書物の多くは竹や木を束ねたものに書かれていた
この時代書物の多くは竹や木を束ねたものに書かれていた




軍師が活躍した古代中国

ひとつ日本との違いを紹介しておきます。中国ではこのように昔から国を治めるために積極的に軍師や兵法家を大いに登用して使いこなすという文化がありました。現代で言うとコンサルタントや戦略家、プロデューサーを積極的に活用したというところでしょう。日本はこの点はまだまだ未熟な感は否めません。

アメリカでは大統領は首席補佐官を筆頭に数々の顧問や政策アドバイザーを抱えています。中には売名行為でホワイトハウスに忍び込んできた者もいるでしょうが、多くの人は極めて優秀です。そして民間企業ならもっと高額な報酬をもらえるにもかかわらず、金銭面には執着せず、自分の仕事に使命感をもって働いている点を尊敬せずにはいられません。ようは古代中国もそうですが、「大国」にはこうした軍師や戦略家を積極的に活用する側面があることを指摘しておきたいと思います。

日本が先進国にもかかわらずいまひとつ大国感、威風に欠けるのは、こうした文化の欠如かもしれません。かつて戦国武将は教養としても、あるいは実際の軍略のためにも孫子の兵法をはじめ複数の兵法=ストラテジーを学び、そして軍師を活用しました。それに比べると現代の日本は少し物足りないかもしれません。


映画にもなっている孫子の兵法(China International TV Corporation)
映画にもなっている孫子の兵法(China International TV Corporation)




彼を知り己を知らば百戦危うからず

先に述べた『孫子の兵法』の名文句「敵を知り己を知らば百戦危うからず」ですが、正しい読み下し文は『彼(か)を知り己を知らば百戦危うからず』です。読んで字のごとく、相手のことを研究してよく知って、その上で自分のこともさらによく知って戦いに臨めば、百回戦っても百回とも負けることはないという意味です。「なんだ当たり前じゃないか」という声が聞こえそうですが、そこが現代人の浅薄なところかもしれません。

現代は「ポピュリズムの時代」と言われています。このポピュリズムとは何か?。例えば評論家の宮台真司氏は「自分の見たいものしか見ない。知りたいものしか知らない。それがポピュリズムの本質だ」と説明しています。つまり人間はすぐにそうした方向に流れやすく、世の中を広く大局的に見れる人はそうそう居るものではありません。だから、孫武がいう「相手のことをよく知って、自分のこともよく知る」ということは実はものすごく深い意味があり、かつ世俗の人間にとってはとても難しいことなのかもしれません。

たとえばあなたが経営者なら、お客さまや取引先の本音を本当に理解ができていて、また一方で自社の従業員のこと、自分の経営手腕の長短について深く理解していると言えるのでしょうか。あるいは、たとえばあなたが政治家なら諸外国との利害関係や思惑、威嚇やブラフ、軍事力が全て分析理解できており、他方で本当に国民の意識が理解できており、自分の政治手腕の長短をつぶさに認識できているのでしょうか。そんな神がかり的なことは普通はありえません。だからこそ孫武はこの点を強調したのです。





孫子の兵法の本質

孫子の兵法』をつぶさに読み解いていくと、いかに戦争に勝つかということよりも、むしろいかに戦争を避けるか、負けないで生き残るかということに重きをおいていることがわかります。兵法と言うとあたかも戦争に勝つことばかりを考えているように思われがちですが、そうではありません。むしろ脆弱な人間が生存をかけてどのように生き残っていくかという事こそ、実は本当の戦略である孫武は私たちに教えてくれます。今の時代でいう「サスティナブル(持続可能性)」すら基底にあったように感じます。

しかし、『孫子の兵法』は全体で13篇からなる大作です。この一文だけですべてを決めつけることは早計です。

もっと研究が必要ですが、今回はここまででお開きとして、次回に孫子の他のセオリーをみていきましょう。

それではまた次回よろしくお願いします。


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